菊地臣一 コラム「学長からの手紙 〜医師としてのマナー〜」
201.紹介された患者さんは最後まで責任を持って面倒みよ
今日は、自分が今まで最も拘ってきた患者さんへの徹底した「care」という、自分の医療に対する理念が根底から打ち砕かれるような出来事がありました。先日、遠くからわざわざ私を頼ってきてくれた患者さんがいました。余程困ってのことでしょう。紹介状にもそのようなことが書いてありました。疼痛の原因がいくつかの臓器にあると考えられ、またその他の要素も考えなければならない、ということで、入院精査の必要を話し、その旨、前医に返事を書きました。
退院後、しばらくしてから突然、前医からやんわりと抗議の手紙が病診連携室に届きました。私に、「担当医を優しく指導して下さい」という非常に思い遣りの言葉と共にです。退院後に、患者さんが前医を受診し、泣きながら、「入院中に何も説明がなかった。東京で埒があかなかったので福島まで行ったのに!」と訴えたそうです。前医は、手紙の中で、「最低限、退院報告書を紹介医に出すべきではないか」と述べていました。驚きました! 自分の育んできた弟子がこんな仕事をしているのかと思うと全身から力が抜けてしまいました。
入院後、担当医は私の外来での入院時の計画に従って検査をしてくれたようです。しかし、どのような結論に達したのかの記載がカルテにはありませんでした。また、退院のまとめ(まとめとは言えない!何故なら、病態と今後の治療方針の記載がないから)を見ても、今後どうするのかが分かりませんでした。最も悲しかったのは、入院の結果を紹介してくれた先生に返事を書いていなかったという事実です。私は一般病院で長く勤め、大学や組織をバックにしないで、患者さんや周囲の信頼を勝ち得てきました。そのときに最も大切にしていたのは、依頼には必ず対応して答えること、そして約束は守ることでした。それだけに、将来を期待していた弟子に私が最も大切にしてきた気配りを蔑ろにされたことに、怒りよりも哀しみが先に立ちました。
しかも、担当医は2年間も僻地で頑張って、患者さんの哀しみや不安がどこから来るのかが一番分かっている筈の人間です。患者さんが前医に泣いて「何も説明がなかった」と言っていたとは!私は直ぐに前医にお詫びの手紙を書き、次回の診察日には私が直接患者さんにお会いしてお詫びして、今後の方針を説明する予定にしました。それにしても、診療グループが2つにまたがった時の、両者の連携の無さとそれをまとめる人間の不在に自分の組織の脆弱な基盤を思い知らされました。弟子達を充分信頼していたのに、いつの間にか、きちんと診察するための様々なスケジュールやシステムが手段ではなく目的と化していたのです( No.125参照 )。
私は教授就任以来、柔道整骨師など、コメディカルの人達からの紹介も含め、紹介には全て返事を書き、手術をした場合には手術の所見をコピーして送り、その先生に戻しました。それが私の拘りでもあり、結果としてコメディカルの人達の医療水準が上がり、最終的にはそれが国民の幸せに繋がるという思いからです。教授になって16年指導してもこのような有様では「日暮れて道遠し」、私の今までの努力は何であったのか、哀しくなってしまいます。これをどう立て直せば良いか、私にはまだみえてきません。