菊地臣一 コラム「学長からの手紙 〜医師としてのマナー〜」
159.医師にとっては診断までが診療だが、患者にとっては治療からが診療
学生の教育をしていてつくづく思うことがあります。それは、学生にとっては診断までが学習で、それより先についてはあまり興味を持ちません。それは何も学生の責任ではなく、授業や教科書も、その内容の2/3から3/4は診断に費やしているからです。従って、学生も診断が医学や医療の全てだと錯覚しがちです。そのような現象は何も学生に限ったことではありません。医師にもそういう面が多々見受けられます。何が原因でこのような症状を来しているのかに就いては、医師は獲物を狩る猟犬のように、懸命に追求します。その結果、診断が分かってしまうと、その瞬間からもはや自分の仕事は終わったとばかりにその後に対しては非常に淡泊になり、治療に関して診断ほどには興味を持ちません。治療に就いて勉強したり、新しい何かを開発しようとする意欲は、如何にして診断をつけようか、或いはなんとかして新しい診断法を見つけようかという情熱に比べると、驚く程低いものです。
一方、翻って患者さんの立場になってみると、診断はどうでも良いから、とにかく治療して早く治してくれというのが願いです。恐らく患者の気持ちからしてみると、「診断が終わったら治療が始まる」、その唯一点で、診断に時間の掛かることや辛さを我慢しているのではないでしょうか。その為に、医師が治療に対してあまりにも淡泊なことを知り、驚き、且つ怒る患者さんも稀ではありません。患者にとっては治れば良いのであって、その治り方はどんな方法でも良いのです。例えて言うと、ゴルフのホールインワンを、綺麗なボールを打ってホールインワンをしたいのは医師や学生ですが、患者さんにとってはそんなことはどうでも良く、ゴロで入ってもホールインワンだったらそれで良いのです。
このような事実があるということは、少なくとも患者さんを診療する際には常に頭に入れて置きたいものです。患者さんにとっては治療が全てであるということを念頭に置いて患者さんに接していくと、医師の治療に注ぐ少しの情熱で、患者さんに深く感謝してもらえると思います。