菊地臣一 コラム「学長からの手紙 〜医師としてのマナー〜」
141.夜郎自大になるな
このタイトルは、私自身教授になってから常に意識している事です。私には苦言を呈してくれる人はいませんし、自分の行動は結果として無言の内に評価されます。時が評価してくれるという思いで頑張っていても、時には不安になることも、眠れない夜を過ごす事もあります。ただ、医局員も他人を指導する立場になった時には常に考えなくてはならないことだと思うので、ここで記しています。
故郷礼讃はよく聞きます。自分の故郷が最高で何物にも変えがたいというのは、これ自体は素晴らしいことですが、一般的には、他と比較しての話でないので、時には鼻持ちならないこともあります。私は僻地病院に赴任した時、赴任前に1度、その病院を訪れました。車で1時間も走らなければならない所の最寄りの駅まで迎えにきててくれた病院の方が、「私の町が1番良い、こんな良い所は他に無い」ということを車中、病院に着くまでの間力説していました。私も東京から僻地への転勤、全く見知らぬ土地への赴任、ということで不安な気持ちもあって、この話を普段なら受け流すのに、やはり聞き流すわけにはいかず、「ところで、あなたは他の町を知っているのですか。他との比較をしての話なのですか。私は色々な所を渡り歩いているが、それぞれがいい所があり、それぞれが欠点があり、その違いこそがその町の個性なのではないかと思っています」ということを言ってしまいそうになりました。
医師の場合についてこのことを考えてみます。自分の知識や技術がどの程度のものであるか、という座標軸をきちんと持っていないと、「気違いに刃物」的になります。何故なら、自分の技術は世間では一流と思われていると思っているにもかかわらず、ひょっとしたらその技術はもう既に見向きもされなくなっているかも知れません。或いは、やってはならない技術なのかも知れません。そういう、他との比較が絶えず医師には求められます。そのために日々の研修があるわけです。その方法として学会や留学や他人との交流があるわけです。しかしそれが無くとも、なんとか医師という免許でやっていけるのが医師の世界の怖いところです。何も破綻をきたさず一生終われれば良いのですが、そうなるかどうかは誰も知りません。
「田舎っぺ」というのは田舎に住んでいることを言うのではなく、自他との比較が出来ないで夜郎自大になっていることを「田舎っぺ」といいます。ですから都会にいても「田舎っぺ」というのはいっぱいいます。田舎にも真の意味の「田舎っぺ」はいるでしょう。要は、「田舎っぺ」は自他との比較が認識されているかどうかということです。日々、行動する前はなかなか出来ませんから、行動した後でも良いから、夜郎自大になっていないかどうかお互い自省して、少しでも第3者的な評価の目を自分自身で持って行動してみましょう。