菊地臣一 コラム「学長からの手紙 〜医師としてのマナー〜」
197.組織の伝統は個人の心のなかに生き続ける
最近、医局員に教えられた長年続いている6年生の拙宅での学生の会食で、私自身が教えられることが最近ありました。そこで、久しぶりに医局員に手紙を書く気になりました。それは会食の時に学生の世話をしてくれる担当医師の何気ない一言です。
整形外科を選択して1ヶ月間を我々と共に過ごす6年生との会食は、私の年間スケジュールのなかに組み込まれている大切な行事の一つです。その会で一人の学生が、「先生が教授を辞めたら、学生から見て憧れとなっている整形外科の時間厳守やきちんとした服装、そして挨拶という規律、あるいは学生を大切にする雰囲気といった伝統はどうなってしまうのでしょうか?」と聞かれました。不意を突かれて、私は直ぐには答えられませんでした。しかし、それを側で聞いていた医局員がさり気なく、しかも間髪を入れずに、「組織のトップは変わっても、医局の伝統は一人一人の心に残っています」という意味の言葉を言いました。学生もその答で「そうなんだ」という顔をして納得しました。私自身は、その言葉に深い感銘を受けました。
私は常々「組織の伝統はあっても、伝統ある組織はない」と言っています。この言葉は、「トップが変わればその組織の性格は変わる」、あるいは「名門は永続するものではない」と言っていることと同じ流れにあります。質問した学生は、我々の教室に入ろうかどうか迷っているようでした。それだけに、組織を構成する人間がトップを含め、時と共に変わっても、そのなかで培われた生き方や身の処し方といった教えは、その組織に在籍した一人一人の心の中にその後も生き続け、その人達が自分の組織、或いは他の組織に属したときに、それが別な形で次の世代に活かされていくのだと思います。
今年最後の、拙宅でのアドバンストコースの学生会食のときにも似たようなことがありました。「先生があと10年在職していれば入るのに」という意味のことを言われたときに、私は迷いなく、先日教室員が言った言葉をそっくり話しました。それで学生が納得してくれたかどうかは分かりませんが、久しぶりに聞く良い言葉でした。