菊地臣一 コラム「学長からの手紙 〜医師としてのマナー〜」
149.我々は常に組織の一員である
現代の社会では医師に限らず社会人は、多かれ少なかれ組織の中に組み込まれて生活しています。自由人といえども、社会との関わりあいの中で組織との接触を全く絶つ事は出来ません。しかし、100%の個性を100%発揮されたら、組織は方向性を見失い、組織としての力を発揮出来ません。個々が蜘蛛の巣の様にネットワークを張り巡らして、個々の能力や才能に応じて組織の中で行動する事により、結果として個人が組織を利用して大きくなる事が出来、組織は個人の力で組織としての能力を発揮出来るのです。時には組織を大きくしたり維持する為に個人も汗をかかなくてはなりません。時々こういう事実を忘れてしまう事があります。以下に述べるエピソードはそれを表しています。
私が秘書を通じて荷物の運搬をある会社の人に頼みました。恐らく私が頼んだら、頼まれた人はイエスと言ったのでしょう。しかし、秘書から頼まれた彼は、「私は今忙しいから他の人に頼んでくれ」と言ったそうです。秘書は、やむを得ず改めて連絡を取り直して、同じ会社の別な人間に連絡を取った様です。この依頼に関して言えば、私は個人に頼んだ意識がなく、会社という組織に頼んだつもりなのです。だとしたら、頼まれた人間は組織の一員として対応すべきなのではないでしょうか。この様な場合、その話を会社の一員として一度引き取って、他の担当者に連絡すれば、結果的には組織対組織の話で物事は済んだ筈です。
同じような事は我々にも言えます。医局に電話が来た時には医局のある構成員に電話が来ているわけですから、電話を受け取った人間は、「彼は今いません。どこにいるか分かりません。連絡がつきません」と言うのは簡単でしょう。しかし、それでは相手に不満が残ります。この事は以前の医局員への手紙 (No.22) にも書きました。もし医局の構成員の一員としての誰かに電話が来た場合には、自分も医局の一構成員なのですから、「今は探してもいません。連絡を取り次第こちらから連絡をさせますが、それで宜しいでしょうか」と聞けば、向こうは一回の電話で全ての用が済むわけです。
この様に、我々は常に組織の一構成員であるという事を意識せざるを得ません。組織は時に煩わしいものです。一人で組織に関わりなく生きたい時も多々有ります。私自身だってそうです。しかし、組織なくして自分を伸ばす事は仲々出来ないのが現代の社会です。だとしたら、組織を上手に利用して、時にはその組織を利用させてもらう授業料として、組織のために汗をかく事も必要なのではないでしょうか。何故なら、組織自身が機能的である為には、時に組織自身に栄養を与える事も必要だからです。「利用はする、協力はしない」では、利用したい時に組織にその様な力が残っていない事も有り得るのです。常に組織の一員である事の誇りと自覚を忘れないで欲しいものです。