菊地臣一 コラム「学長からの手紙 〜医師としてのマナー〜」
105.座標軸を持て
教授就任以来、医局員に「自分の座標軸を持ちなさい」、日本の医学界での自分の所属する医局や自分自身の位置、世界の整形外科領域における自分の位置、あるいは自分の研究成果の位置を認識していれば、いたずらに嘆くことなく、いたずらにはしゃぐことも有りません。座標軸を認識することにより、良い仕事が出来るし、他人から信頼される医者になります。しかしその座標軸がなかったり、あるいは座標軸の設定そのものが間違っていると夜郎自大になったり、徒に自己を過小評価してしまいます。
昨日も、翌日の検査が患者さんに術前説明されていないのをみつけ、担当医やグループ長を叱責しました。私にはどうしてもそういうことを許す気にはなりません。一般病院と比較して考えてみなさい。何処の一般病院を基準にするかが問題ですが、私は自分の歩んできた僻地病院や1000床を越す「官」優位の病院での経験から言うと、「この病院は雑用が多い」とか「患者数が多い」とかは、仕事に穴が開く理由にはなりません。
一人一人の患者さんの問題点を把握していれば、診療上の見落としやウッカリミスはなくなります。しかも患者の問題点は普通一つか二つです。その数少ない問題点を把握していれば、その問題点をクリアーするためには何をしたら良いのかは、おのずと答えが出て来ます。グループ長や病棟長は、一人一人の患者さんの問題点一つか二つを把握して、それに対する対策がきちんと誤りなく行われているかどうかをチェックすれば良いのです。
しかるに、何処の病院と比べてこれで良いと思っているのか、あるいは何処の病院と比べてこの病院は雑用が多いとか忙しいと言っているのかは私には分かりませんが、そういうことを理由にして患者さんへの抜けてはならない術前説明、あるいは検査結果の説明がなされていないということは、決して容認されるものではありません。私が教授就任以来、最も力を入れてきたのはそのことの筈です。術前説明や検査結果の説明はそれをどう理解させるかよりも、説明を受けたという事実の方が患者さんと医師との間の信頼関係には重要なのです。
また「検査結果は異常ありません」とか、「明日はこういう検査があります」とただ言うのではなく、少し経験を積んだ医師になれば、その検査はどんな検査で、その検査の痛み、検査に対する患者さんの心構えの必要性、予想される合併症、予想される安静臥床期間などを分かりやすく説明するでしょう。それこそが新人とベテランとの違いです。同じ説明と言ってもそこが医師の経験の差なのです。
さて、担当医諸君。グループ長諸君。自分の座標軸をきちんと持って、これら患者さんの問題点の把握とそれに対する対策をきちんと抑えているでしょうか。何処を基準にして自分自身の医療の評価をするのかは、自分自身の目線の高さに関係するのです。良く考えてみて下さい。