「学長からの手紙」番外編 〜 新聞・雑誌への寄稿文から 〜
2010年1月25日発行 月刊誌「臨床整形外科」 第45巻第1号
「臨床整形外科」(臨整外)は、医療系学術専門誌出版社「医学書院」より発行している、整形外科領域の第一線の臨床的知識を紹介する月刊誌です。医学界および関係領域で活躍するエキスパートを編集委員に迎え、学術専門誌としてのクオリティと正確さを堅持しています。菊地臣一本学理事長兼学長は、編集委員として発行に携わっています。
● 医学書院
http://www.igaku-shoin.co.jp
(「臨床整形外科」 紹介ページ)
http://www.igaku-shoin.co.jp/mag/rinseige
● 「あとがき」より (抜粋)
今という時代、教育や医療制度は私が研鑽を積んでいた時期のそれとは異なり、大幅に変更されてきています。FDとかチュートリアルとか、カタカナ言葉が氾濫しています。より良き教育のために、われわれ自身が変わることが求められています。時代のパラダイムシフトに対応するには、We must change to remain the same,その通りです。ただ、私にはいまだに違和感が残ります。
教育とは、教える者の熱い心と学ぶ者のひたむきな姿勢があって初めて成立します。卒後研修制度の発足以来、学ぶ者に受け身の姿勢が目立ちます。一方、教える側にも教える技術を学ぶ機会がなかったためもあって、戸惑いとともに、距離を置いて相手を傷つけないように気を遣っているようにみえます。このような環境では師弟の絆は成立しにくくなっているような気がします。
「教育とは一緒に動くこと」という私の考えは古いのでしょうか。こんなことを考えるのは、私の周囲で想定を越える若者の不祥事が続出しているからです。「楽観主義者とは、すべての困難の中に好機を見出す(チャーチル)」のだそうですが、とてもそんな心境には至りません。
医療や医療保険の制度変更は、わが国の整形外科の前途に困難が待ち受けていることを暗示しています。
「手術もできる運動器のプロ」として、これからも国民から信頼してもらうにはどうすればよいか、選択の分岐点に立っているような気がします。
迷った時は原点に立てばよいのです。判断するのは医療の提供側ではなくて国民です。たとえ、その判断が後世間違いだったとわかったとしても、です。国民がわれわれを支持してくれるだけの自己規制と社会貢献を提示すればよいのです。
米国の医療制度や医療保険制度の問題の深刻さは、少し文献を調べればわかります。ただ、それと比較できる統計調査がわが国には整備されていません。このことの重要性については、既に指摘されています。
いずれにせよ、制度や社会システムの変更を問う場合には、文化や伝統を含んだ歴史を踏まえてデザインを考えないと木に竹を接いだようになり、結局は改悪になります。
誤った「改正」は当初の目的とは似ても似つかないものになってしまうのではないでしょうか。わが国が同じ轍を踏まなければよいのですが。
( ※ Webページ向けに改行位置を改変し、転載しております)