菊地臣一 コラム「学長からの手紙 〜医師としてのマナー〜」
144.原理原則に則るのが全ての基本
今年もはや3月半ばを過ぎてしまいました。今年に入ってからは、雑誌の編集委員や学内の仕事の為に、もはや自分自身の時間を全く取れないのが実情です。その為、医局の実務は、実質、助教授以下のスタッフに委ねられています。また委ねられるからこそ、対外的な仕事に専念出来のです。対外的な仕事が増えるという事は、私個人にとっては決して良い事ではありません。しかし、福島医大整形外科という組織の観点から見ると、それだけ世間から認められてきているという事で、誇りに思う事なのでしょう。
しかし、この様な対外的な活動を心置きなく出来るという事は、助教授以下のスタッフがきちんと講座としての仕事を、私が思い描いている医局員、或いは研究者としての姿勢でなされているという事が前提です。この様な状況では、ミスを無くす事が求められます。「教授がいないからだ」という批判を受けない為にも、一つ一つの仕事を愚直に処理していかなければなりません。その様な時に、最も大切な目安は、一つ一つの手順が、原理原則に則っているかどうかという事です。そういう観点からみると、今日は問題が一挙に噴き出た感じがします。本日はそれを記して自分自身の戒めとしたいと思います。
手術の時にスクリューで骨を固定するという事は、以前から為されている事です。AOの理論が骨折の世界に導入されて以来、骨折の治療は一変したと言っても過言では無いと思います。以前にAOグループの人達が、「日本のAOの手技はAO本来の手技では無い」と発言するのを聞いた事があります。AOの概念を理解し、その基本手技を踏襲していない事が彼等にそう発言させたのです。本日のカンファランスで出た手術症例のスクリューは、スクリューヘッドが骨皮質から大きく飛び出しています。スクリューヘッドは骨皮質に埋没する様に工夫する手技が、基本手技として成書には掲載されています。そういう基本手技を疎かにして、その結果としてスクリューヘッドが骨皮質より飛び出している為に合併症が発生したととしたら、それは合併症とは言えないのです。
更に、頚椎のLuque rodを用いた手術では、固定性が悪いという事が問題になりました。専門的な事はさておき、原理原則だけ述べてみます。Luque rodの基本手技は2本のL字のrodをwireで繋いで固定をします。長軸方向に対する固定力が弱いという事は以前から言われています。長軸方向に対する固定力の弱さは、基本手技をきちんと行った上でも尚残る問題なのです。言わんや、矩形に内固定具を形成しなければその欠点は益々露見してしまいます。危険性を少なくする為に椎弓下にwireを通さずに棘突起wiringをすれば,尚更その弱点は顕在化してきます。基本的な手技をしていないで「Luque rod は固定性が悪い」という結論になれば、Luque rodを開発したDr.Luqueや彼のグループからは「基本的な手技を実施していないのにそういう議論になるのは、議論以前の問題である」という指摘が当然為されるでしょう。
もう一つは、義肢装着に対するリハビリテーションの最中に起きた理学療法士や医師と患者及び義肢装具制作者間の意思疎通、或いは義肢装具製作者の医療に対する姿勢の問題です。義肢を装着するという事は、患者さんに既に非常に大きな精神的・身体的ダメージが発生したという事を意味します。そういう状況で我々に出来る事は、患者さんのニーズに応じて即時対応してなるべく早く、出来るだけ快適な状態で患者さんに社会復帰してもらう事です。そういう観点からすれば、患者さんのトラブルに即対応しない事は医療の原理原則に則っていない、と言われても仕方の無い事です。
私は、今ではその履歴の大部分を第一線病院で働いて来た事を誇りに思っています。私の主宰する医局が、他の医局と違うとしたら、現場に強い医師を育てている事では無いでしょうか。そして、社会人としても立派だと少々は言われていることでは無いでしょうか。その様な医局を作る事は一朝一夕にはなりません。しかし、その評判が崩れるのはアッと言う間の事です。私の哲学や熱意は助教授以下のスタッフに心血を注いで伝えてきました。今は、そのスタッフ達が次の世代の若き医師達にそれを伝えている時です。しかし、その意志は伝わっていても、技術や知識が伴わない場合には、残念ながらミスやトラブルが起きがちです。しかし、その様な時こそ、スタッフが研修医を指導督励して共に難局に当って初めて、師弟関係や兄弟子弟弟子の信頼関係が醸成されるのでは無いでしょうか。
今年初めての医局員への手紙は厳しいものになりましたが、私自身は教授就任以来5年間の医局の業績や医局員の資質に対して、掛け値無しに誇りを持っています。その誇りを保つ為には、やはり日々、努力する事が必要です。今後も原点に戻って現場に強い医師を育てる医局としての名声を汚さないように頑張っていきたいと思います。